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選挙権無いので選挙は見守るしか出来ない。先の事を思うと気が重いがそれでも起きて普段通りに淡々とやるべき事をやるだけ。パチンコの舞台は猪飼野で、まさに私の生まれ育った場所だ。読みながら祖父母に思いを馳せる。
在日コリアン1世の祖母が亡くなるまえに手をむぎゅっと握って、「強く生きや」と言ってくれたことが今も私の生きる力になっている。なんでそれが生きる力になるかと言えば祖母が日本で味噌もくそも無く死ぬほど苦労して生きてきた事を知っているから。
国というのは抽象的だ。
いざという時、何を信じるかといえば自分を信じるしかない。
先日、母と電話で話していたときも
頼れるのは自分で良いやん。と言われた。
一番頼りになるのは自分で良いと。
そうやって生きてきた母も祖母も、とにかく強い。
在日は強い人が多いのか?
否。
在日コリアンというのも
日本に住むコリアンの抽象だし
外国人という抽象にも
どれだけの個があるやろう。
そういう話を息子としていたら、
りんごの抽象は果物だね。
と言っていて
例えがかわいいと思った。
かわいい事で笑えるような平和な環境を作ってくれたのは昔生きていた人達だ。
ぶっ壊したのも昔の人やけど。
私達はどんな風に、誰にバトンを渡せるのかな。
平和というのも抽象なのか。
なんの抽象なのか。
そんな事を呑気に考えられる日々が続きますように。
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